放浪うどん人

これから、うどんに会いに行きます。

「gooブログ」から「はてなブログ」へお引越ししました!

現在は日曜を軸に、心の余白に合わせて更新しています。

帰郷・・・・・  亡き母とともに・・・。

兄とふたり、船で鹿児島へ向かいます。

母が生前、「私が死んだらお骨は鹿児島へ・・・」そう話していたからです。

母が逝ってから1年・・・ようやく母を故郷へ帰してあげることが出来ます。

私が高校2年生のころに父と離婚し、いろいろと苦労しながら、

私達兄妹3人の成長を見守ってくれました。

そんな母の最後を、看取る事も出来ずに、たったひとりで逝かせた事・・・

今でも悔いています。

生前、「死んだら鹿児島のお墓に入りたい・・・」そう話していた母・・・。

私ら兄妹に出来る最後の親孝行が、母を鹿児島へ帰郷させることです・・・。

夕暮れ時、船は港を離れ、大海原へ。

父と母が離婚してから、親子4人で旅行するなど、一度も無かった事にふと気づく・・・。

それに、その頃の私は、家族よりも友達と遊ぶ事を優先していたから・・・。

思えば今回のように、兄とふたりで船旅をするなんてのも初めてです。

(ちなみに妹家族は、前日に鹿児島入りしています。)

兄とはほんの些細なことで、よく口喧嘩をします。

でも船上で、ふたりで食事をしていると、

やはり兄弟ですね・・・あまり会話もせずに黙々と食べていますが落ち着きます。

もっと家族で旅行すべきやった・・・。

思えば、父は外面が良くて家族の事はほったらかしだった・・・。

そんな父を、私は軽蔑し、父のようにはなりたくない!そう思っていました。

でも結局、私も友達ばかりと遊んでいて、家族の事はほったらかしだった・・・。

私も父の子だったという事です・・・。

家族をほったらかしにして毎晩飲み歩いている人・・・、

気をつけて下さいね、あなたの子供があなたの心から離れないように・・・。

あなたの妻が、夫が、あなたの心から離れないように・・・。

船上の夜は更けて行きます。

個室なので、ひとり静かに船窓の風景を眺めていますと、

どこからか二胡の音色が・・・・曲は「見上げてごらん夜の星を

その心地よい音色で、いつしかうたた寝を・・・。

目が覚め、時計を見ると午前6時。

外の風を浴びに甲板に出ました。

綺麗な朝日が目の前に・・・。

船は鹿児島めざして走ります。

昨夜、雨が降ったのか、甲板が濡れていました。

兄とふたり、朝の海を眺めてましたら、

向こうの方に虹が・・・・。

なんか神秘的な感じ・・・・。

神様からプレゼントされたような、素晴らしい光景でした。

さあ!あと少しで鹿児島だ!!

船窓から、枇榔島(びろうじま)が見えて来ました。

もう志布志湾は目の前です。

ようやく母を帰郷させる事が出来ます。

母も、待ち遠しかったことでしょう・・・。

志布志湾に到着。

船を降りると、叔父と叔母が出迎えてくれました。

車に乗り、母の育った家へ、私にとっては”田舎”と言える場所へ向かいました。

かれこれ16年振りの田舎です。

知らない間に、家が増えたような・・・。

でも、まだ緑の方が目立っていましたのでホッとしました・・・。

訪れるたびに小さく思える我が田舎・・・。

小学校6年の夏、ここで夏休みを過ごしたことが忘れられません・・・。

昆虫採集に出かけたり、川へ泳ぎに行ったり・・・懐かしい思い出です。

仏壇に母のお骨をそ~っと置き、手を合わせます。

「おかん、帰って来たで!ゆっくりしいや」

庭にはこの時季に開花する、黄色の彼岸花が見事に咲いていました。

お墓に納骨するのは翌日・・・だから今夜はここで(母が)のんびりしてくれたらええなぁ・・・そう思いました。

本当はここで、私も泊まりたいところだが、いろいろと事情があり、別の場所で泊まります。

叔父の車に乗り、次に向かったのが墓地・・・母が入るお墓の掃除です。

お墓を新しくしたとの事で、思いのほか立派なお墓です。

ここに母が入るんだなぁ・・・。

言葉に出来ない想いが沸々と湧いてきます。

この後、叔父と叔母の案内で「宝満寺」という子宝、子授けで有名なお寺へ向かいました。

地元では、パワースポットとしても有名なお寺だそうです。

ひと際目を引いたのが↓↓こちらのお地蔵さん。

子供が親に「私はしあわせ」だよ・・・そう言っているのでしょうね。

うん、この言葉・・・、そのまま母に告げよう。

お地蔵さん、いい顔してる。

お地蔵さんにさよならを言って、また車に乗り込みました。

叔父が「陣丘に行くよ」と・・・。

母の生前、叔父が母を連れて行った場所で、母が大変気に入っていたとか・・・。

車はどんどん山を登って行きます。

そして、到着したのが↓↓こちら。

「陣丘(じんがおか)」と読みます。

ここには、両手で地球を持ち上げている大きなオブジェがあります。

この陣丘から、母が青春を過ごした場所が一望出来ます。

母が、この景色を眺めている姿が想像できます。

きっと笑いながら、少し驚いた顔をして、この景色を眺めたのでしょう・・・。

とても素敵な風景です・・・。

海があって、山もある・・・志布志という町は、本当に素敵な町です。

この町で育った母を、少し羨ましく思いました・・・。

ダグリ岬で温泉に入り、その後、昼食へ。

昼食後、「くにの松原」という浜辺へ行きました。

雲がかかっている丘の向こうから、イプシロンロケットが打ち上げられたのはつい先日のこと。

静かな浜辺で、波の音がとてもよい・・・。

昨年の5月末、実家で、私は母の手料理を食べていました。

手料理を食べ終えて「おかん、また来るわ」と実家の門を開ける、

いつもその時、母が門先まで出て来て私の事を見送ってくれます。

ただ、その日はいつもと違っていました・・・。

いつもなら、私に「またおいで」と言ったあと、すぐに家の中へ入っていくのですが、

なぜかその日は、私の姿が見えなくなるまで、見送ってくれました。

振り返っても、振り返っても、私を見送る母の姿が目に映りました・・・。

その時、なんとなく、母の手料理を食べれるのはもう無いかも・・・。

今日で最後だったのかも・・・。

そんな思いが湧いてきたので、私も、私を見送ってくれる母の姿を目に焼きつけました・・・。

実際、その後、母が私を見送ってくれることはありませんでした・・・。

それから半年も経たないうちに、母は他界しました。

私の事をずーっと見送ってくれた母・・・

あの時、母は無意識ながらも、自身の死期が訪れている事を、察していたのかもしれない・・・。

私は、何度も何度も振り返りながら歩く・・・、母の姿がだんだんと小さく・・・・・。